聞くことを選択すること

Posted by michikosayura on   0 comments

きのうはフラメンコギターの樫原秀彦さんとヴォーカルの由美さんのライブだった。
さゆらのイベントはほとんどが持ち込み企画だけど、このライブはわたしがお二人にお願いして、是非さゆらでと持ち掛けたのだった。
なぜが4、5名の方のキャンセルが入り少人数でのライブになったけど、お二人が「温かい空気感の中で気持ちよくプレイすることができました。」とおっしゃったのでちょっとホッとした。
実は、きのうのライブがお二人の夫婦としての音楽活動の最後のライブだった。
お二人が別の道を歩み出したことは、先日原マスミライブ会場で奥さんの由美さんにお会いした時に聞いていた。
でもしばらくは音楽活動は一緒に続けられると思っていたので、こんなにも早く終止符を打つ決意をされていたとは思ってもみなかった。
お二人が共に歩んだ20年間に思いを馳せながら聴いたライブは、色んな感慨があって何度も込み上げて来るものがあった。
秀彦さんのギターテクニック、由美さんの惚れ惚れするような力強いヴォーカルとフラメンコならではの変拍子のハンドクラップ。
これだけの感性と技術を持つミュージシャンは熊本にはそう居ない。
お互いに独自に音楽活動は続けられるとのことだったけど、わたしが見たいのは秀彦&由美のコラボレーションなのになーと残念な気持ちでいっぱいだ。
ライブの中のMCで秀彦さんが「イエスキリスト・ファン」だと聞いてテンションが上がったー。
「僕は無宗教だけど、愛の伝道師として、革命家として、イエスのファンなんです。」と。
ライブが終わってもちろん奇跡講座を紹介した。





「すべての人は招かれるが、聞くことを選択するのもはほとんどいない」というコースの言葉の本当に意味を、コースを読み始めて4年経ってはじめて理解した。
傲慢というか、浅はかというか、わたしは「聞くことを選択」した側だと本気で思っていた。
聞こうとしていたつもりだった。聞いていたつもりだった。
でもそうでは無かった。
それが理解できた今、本当の意味で「真に聞く」ということがどういうことなのか、やっと理解の光が射しはじめたのだ。
それが今は嬉しい。
真に聞こうとした時、本当の明け渡しが起こる。
真に聞こうとした時、やっと光を招き入れることができる。
光が入ってくるのを感じる時、自然に頭(こうべ)が垂れ、ただ涙が流れるのだ。
そんなことを実感していた今朝、愛知ソニアさんがまさにこのことを、ある子供が語っている動画をシェアしていた。
この動画を見て、また朝から泣いてしまった。
この男の子が語っているのはすべて本当のことだと思う。
(FBのアカウントが無かったら開けないかな?)

https://www.facebook.com/soaressenkyoushi/videos/1372357419553330/







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