沈黙の行は心地よい

Posted by michikosayura on   0 comments

声が出ない。まったく出ない。
月曜日に塚原仮設のボランティアに行った時に、軽い鼻かぜ気味だった。
仮設でも声は出し辛かったのだけど、その日の夜にみるみる声が出なくなって、一晩明けたらほんのかすれ声すら出なくなった。
今日で声が出なくなって3日目だけど、実感として、声が出ない(喋らなくていい)のは楽だなーと思う。
もちろん元々の障害や病気で声が出ない人からすれば、とんでもない意見だろう。
でも自分の内側に静かに居れる感じで、今の自分にはとても心地よい。
こうなってみると、案外自分には、人に対して伝えたいことや話したいことが無いのかもしれないと思う。
最近20歳のS君という男の子が続けてヒーリングに来られている。
きのうも予約をいただいていて、S君は携帯もパソコンも持っていないので、自宅の固定電話に母親から電話してもらい、声が出なくて会話ができないけどそれでも構わないか尋ねてもらった。
構わない、というお返事だったのでヒーリングに来てもらい、必要な会話は筆談でした。
その日の夕方に入っていたEFTのご予約はさずがにお断りした。
喋らなくてもいいけど、仕事ができないのはやっぱり困る(笑)

きのうは午後からは横浜のセラピストの菜美さんのホツマツタエのセミナーもあり、こちらには黙ったまま(笑)お客さんと一緒に参加した。
今日は同じく菜美さんの宇宙盤セミナー。
初めてお会いするお客さんも何人かいたのに、ご挨拶すらロクにできず残念だった。
そして何より、せっかく横浜から来てくれた菜美さんとまともに会話ができなかったことが心残り。










秋分の日の日曜日には、長野県からリセットのセラピストのなぎさんと水澤さん、福岡の近藤さんがリセットワークショップを開催された。
昨年暮れに学んだ時より、リセットがシンプルに自由になっていた。
おかげで毎日続ける上でのストレスがさらに無くなった。
これは考案者のナナさん、ジョーさんのリセットに対する概念の変化でもあるのだと思う。






ものごとは本質に近づくほどシンプルに自由になる。癒しもそうだ。
そういう意味ではレイキもまた、やはりとても本質に近いヒーリングだと思う。
瞑想や座禅もそうだと思う。
ものごとは本質に近づくほど「無為」に近づく。
でもエゴは「無為」を恐れる。「無為」を嫌う。
なぜならエゴは意味や概念や形にしがみつき、行為することでしか自分の存在を実感できないから。
水澤さんが「リセットは問題が起こる時点から問題が解決する時点に一瞬でワープするんです。」と言っていたけど、これは奇跡のコースの「原因と結果の逆転」と同じことだと思った。

声が出なくなったことも、このところの自分のテーマになってるらしい「エゴから何かすることを止める」ことに関係しているんだろうな。
川の中で、溺れないようにずっとバタ足を続けている状態の時に「バタ足しなくても溺れないから止めてみー」と言われる感じに似てるかなー(笑)
はじめは浮き方や力の抜き方が分からないし、「溺れないなんて嘘だ」と思ってるから、バタ足を止めるのが怖いのだ。
でも恐る恐る、水に身を任せてただ力を抜いてみると、「なんだー、何の努力もしなくてよかったんだ」と身をもって知るのだ。
なんか今、そんな感じかな。
たまに「やっぱこのままじゃ岸に辿り着けないかも!?」と不安になって急にバタ足を始めたりするけど(笑)
どの岸にたどり着くかも、エゴが決めた時点でそこには努力が生じる。
だって自然な流れに逆らわないといけないから。
だから、流れに任せるだけで、行きつく先も自分で決めなくていいのだろうな。


月曜日の塚原仮設での和みのおひさまカフェの模様。
初美さんがAGE測定器という体内年齢が測定できるという機械を持ってきてくれた。
実年齢より若い数値が出るとマダムたちから喜びの声が上がる(笑)
わたしの内臓年齢は32歳と予想に反して若かった。思ったより長生きできるかな。












スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する