セルフイメージはカブトムシの幼虫

Posted by michikosayura on   0 comments

出来事も、心の中も、ある一方向への流れができているなーと思う。
この流れは決して心地よくは無い。
抵抗や葛藤をすごく感じるから、自分としては若干修行モードで対応してます。
以前の方がよっぽど自分が活き活きしてた気がするし、物事が順調に運んでるとも言い難い現状だし、でもやはりこの流れはあるひとつの場所に向かっているのだ、ということだけ直感していた。
そしたらきのう「あ、そういうことか」とやっと言葉になった。
それは単純なことだった。
わたしは自我から行動することを止めようとしているのだ。
物事が起きる。それに対処しようと自我が頭と体を動かそうとする。
実際に自我として行動を起こす。
自我が起こした行動が現象化する。
今まで長い長い間繰り返して来たこの行動パターンを、今本当に覆そうとしている。
どうもそういう事らしい。
だから逆に自分の中の恐れや抵抗をすごく敏感に感じているんだと思う。
でも一方で難なくこの抵抗を手放せている時もあって、そういう時は本当に心からくつろいでいる。
流れに抵抗するのはやめようと思った時から、わたしは人生ではじめて、本当に休息すること、戦わないこと、を経験しているとすら思う。
きのうだったか、そのくつろいだ視点から生まれて今までの人生をふと俯瞰した時に、自分が楽に生きていたことなんて一度も無かったなー。としみじみ思った。
率直に言って、生きることはいつも苦しかった。
それはいつも、乗り越えなければならない何かを乗り越えようとする行為の連続だった。
心からくつろぎ、休息している時、はるかむこうに「ほんとに大丈夫なの?ただの怠惰じゃないの?また落とし穴に落ちるよ!」
と「危険⚠」のプラカードをちらつかせているのは自我さんだねー。(笑)
わたしが転生を繰り返して来た中で、この恐れのエネルギーが輪廻の輪に何度も何度も引き戻してきたのだ。
だから、いつか自分はこの根源的な恐れに遅かれ早かれ対峙しなければならないのだと思う。
きのう妹の畑で実って黄色く色づいた稲と、田んぼを彩る赤い彼岸花を見て、そのコントラストに感動した時「マインドだけが恐れるんだなー」と腹からの感覚で実感した。
マインドが見る恐れの世界を採用するのか、本質の意識が見る恐れの無い世界を採用するのか、常に選択の機会が提示されている。
自我が判断する時、どんなささやかな選択でも、そこに微細なエネルギーの収縮を体に感じる。
自我は収縮するエネルギーそのものだなと思う。

アジャシャンティの本にセルフイメージのことが書いてあって、そう言えばキーさんのセルフイメージがミジンコだったと言ってたな、と思い出し、自分のセルフイメージはなんだろう?とふと考えたら、カブトムシの幼虫が出て来た。
まだ若干スケルトンの成長途中の甲冑を来て、動くこともできずにじっと身を守っている。
その甲冑が脆弱なことを知っているので、幼虫は外敵を恐れながら身を潜めているのだ。
願わくば、頑強な甲冑を着た成虫になる前に、突然変異で蝶々にでもなって飛び立ちたいなー。
鎧を着るくらいなら体を失った方がマシだと思う。





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