救済の鍵を握るもの

Posted by michikosayura on   0 comments

きのうは城南町塚原仮設にておひさまカフェを開催。
夏休みとあって、最小人数のおひさまメンバーでの開催となりました。
幾子さんとわたしで、それぞれ3人ずつの方にマッサージ。
島本さんはパステルアートのミニワークショップを開いてくれた。
仮設マダムたちは「絵は描ききらんけん」と及び腰だったけど、小学生の女の子が喜んで描いてくれたみたいでよかった。
智子さんのお菓子も安定の美味しさ。












今日は福岡EFTボランティアの方たちがEFT無料体験会を開いてくださった。
この会ももう一年続けてくださってるんだな。
ボランティアで続けていく上での葛藤や課題を、お客さんが帰られた後で江上さんと話した。
みなさんでランチを食べた後は御船の仮設へEFTボランティアに向かわれた。




兄弟の中に聖性を見ることが、兄弟を赦すことが、そのまま自己の救済になる。の意味が理解できた。
とてもシンプルなこと。
兄弟の中に見ているのは自分自身だからだ。
誰かの中に罪を見る時、誰かを赦せない時、それは必ず自らに罪を見て、自分自身の中に赦せないことがあるということ。
人は他者の中に、自分の投影を見ているのだから。
だから兄弟の中に罪を見ないこと、兄弟の中に聖性を見出すことは、そのまま自分自身の完全な赦しにつながるからだ。
そこで思ったのだけど、これは兄弟なら誰でもよいわけじゃなく、「特に赦せない」と感じている他者を赦すことが救済につながるのだと思う。
特に赦し難く感じる他者は、特に濃く投影している相手だということだ。
でもこのような相手を本当の意味で赦すのは至難の業。
だからこの仕事は聖霊にお任せするのが一番だ。
赦せない自分を聖霊に差し出しさえすればいいのだ。
今日でワークブックも最後のレッスンに行きついた。
ワークブックの最後のレッスンはこんな感じ。

レッスン361~365
「聖霊よ、この聖なる瞬間をあなたに捧げます。
あなたが主導してください。
あなたの指示は私に平安をもたらすと確信しつつ、私はあなたの後についていきます。」

ワークブックも明日から3巡目に入ります。


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