極彩色のエネルギー

Posted by michikosayura on   0 comments

今日の奇跡講座シェアリングの会は4名の参加があって、どの人も真剣に聖霊の声に自分を委ねたい、委ねようと思っている人たちだった。
こんな素晴らしい学びの仲間を与えてくれた神様に心から感謝した。
Yさんは毎朝「聖霊の目で見、耳で聞くことができますように。」と祈るのが日課だと言われ、植木からバスと市電を乗り継いで来られたNさんは自我が抜け落ちて本質の意識になって、わたしも体験したのとそっくりに、自分の人生をフィルムを見るように傍観した体験を話された。
全体性として自分を感じた時に感動しかなかったとおっしゃっていた。
奇跡講座の教えの通りに、自我を手放して聖霊に選択も人生も委ねる、という生き方を「つまらない」と思う人はたくさんいる。
でもそれは、完全に委ねて自我から解放された時の自由と平安の喜びを知らないからだと思う。
今日の参加者は、もうコインの裏も表もどちらとも手放したいと思っている人たちだった。

金曜日に桑田さんとゆきさんとEFTのことを話していて、また自分の中の「お金を受け取れない」というブロックのことを話した。
このブロックをEFTすると「受け取ってはだめ!受け取ったら穢れてしまう」と私の肩を羽交い絞めにして囁きかける女性(どうやらアーミッシュぽい。前世?)が出てくる。
「どうして穢れると思うの?」と聞いてもその先がだんまり「・・・・」という感じで、漠然とした(でも強烈な)罪悪感だけが感じられ、その先に進まなかった。
でもきのうの夜に、ふいにもう一度彼女と話してみようと思った。
あまり彼女から答えを引き出そうとせずに、とにかく楽に同じ時間を過ごしてみよう、程度の気持ちで向き合った。
言葉にせずとも彼女の罪悪感はダイレクトに感じられた。
「もしたくさんのお金をもらったら、どんな気持ちになるの?」と尋ねたら、言葉ではなくフィーリングとビジョンが返って来た。
それは彼女が所属している社会の規範に大きく背くことだということが伝わって来た。
もし必要以上のお金を受け取ったら、まず彼女は社会的な信用を失う。
まるで犯罪者のようだ。
そして何よりも怖いのは、「みんなが離れていく」事だった。
「みんなが離れていく」このフィーリングだけが何度も執拗に伝わって来た。
「そうかー、そうなんだね」という感じで彼女の恐れをそのまま受け止めた。
でもここは大丈夫。あなたは決してジャッジされないよと、とにかくそのままの彼女を受容した時、
彼女の背後から、もう我慢できない!という感じでボーン!とエネルギーが飛び出した。
それは「欲」だということをすぐ感じた。
欲望のエネルギー。何かを欲しいと望むエネルギー。
面白かったのが「欲」という文字が漫画の大袈裟で派手な吹出しみたいに、3Dで飛び出すようなビジョンが見えたことだった(笑)
それはあっけらかんとパワフルなエネルギーで、清々しささえ感じた。
「おー!出て来ていいよー!」と言ってやると、それは私のみぞおちにストンと入って来て、まるで極彩色の花がパーッと開くように四方八方に発散したのだ。
それはとても気持ちの良い体験だった。
欲さえも、それはただ単なるエネルギーであって、欲自体には善も悪も無いのだ。
それを長年の(前世での)宗教信条から抑圧していたので、ひどく重い罪悪感とセットになってしまっていたんだなと思った。
今も、みぞおちに極彩色の「欲」のエネルギーを感じる。
それは肯定してやれば、純粋なパワーになるのを実感している。






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