特別な鍵

Posted by michikosayura on   0 comments

きのうはMさんのファースト伝授が終わって、夕方から孫を水遊びさせに江津湖へ。
きのうはすごい暑さだったけど(今日も)、足先だけでも冷たい湧き水に付けていると、みるみるクールダウンした。
孫は身体が小さいので、足もお腹もすっかり冷えちゃった。風邪ひかなかったかなー。
徒歩圏にこんな遊び場があって本当にありがたい。




そして今日はやっとやっとお休み。阿蘇に温泉に入りに行った。
台風が来ているせいか空気が澄んでいて、雲も表情豊かで、最高に美しい阿蘇の風景が見れた。
昼ごはんを食べたあと眠くなったので、恐ケ淵に車をとめて30分昼寝。
車の窓から水音とマイナスインたっぷりの冷気が流れ込んで来て最高のお昼寝スポット。
人っ子一人来ないし(笑)








ここからは「コース」オタクの気づきの備忘録です。
(スルー推奨)
今ちょうどテキストもワークブックも「特別性」に関するところに差し掛かっている。
自分の中のテーマともすごくシンクロするので、またイエスの特別講義を受けてる気持ちになる。
その中で、すっかり見落としていた(というか忘れていた)特別性に関する意外な教えがあった。

「私には自分が就くべき特別の持ち場、私だけの役目がある。
私が自ら選択してこの役目を担うときまで、救済は待ち続ける。」(ワークブック・レッスン317)

「これ以上、あなたの救済者を孤独にしておいてはならない。
なぜなら、孤独な者たちとは、この世界において自らが果たすべき機能を見ていない者たち、すなわち自分が必要とされている場所や、自分だけが完全に果たすことができる目的を見ていない者たちだからである。
これが、特別性についての聖霊の親切な知覚であり、あなたが作ったものを、害するためでなく癒すために用いる聖霊のやり方である。
聖霊は一人一人に、救済において彼のみが果たすことができる特別な機能、すなわち、彼だけの役割を与える。」
「彼が自分自身を傷つけるために選択した特別性も、その選択がなされた瞬間に(分離の幻想が起こった時にという意味)、神はそれを彼の救済の手段と定めた。
彼の特別な罪は、彼の特別な恩寵とされた。
彼の特別な憎しみは彼の特別な愛となった。」(テキスト25章 神の正義)

特別性・・・要するに分離の幻想を強化している自意識。
誰もが、人それぞれの内側に、人それぞれの「特別性」を持っている。
それは秘めたる優越感であったり、秘めたる劣等感であったり、何かに対する強烈な罪悪感、後悔、誰か特定の人や物に対する執着だったりする。
その「特別性」こそが救済の鍵だとコースに説かれていたのだ。(読むの3回目だからいい加減に学ぼうよ)
はっと気づいたことがあった。
それは『「ザ・マネーゲーム」から脱出する法 』(ロバート・シャインフェルド著)の中に、この「人間ゲーム」は第一にそれがゲームだと見破られないようにできている、だから、これがゲーム(幻想)だと見破る鍵は、その人間が「一番恐れている」場所に隠してある。と書かれていたのを思い出した。
人それぞれのその「鍵」を見つけること。それが神が与えた「特別な使命」なのだと思う。
では鍵を見つけるとはどういうことか。
それは、一言で言って赦しに他ならない。
自分の中の特別性を赦すことなのだ。
それは自分が一番恐れている場所に自ら飛び込むことでもある。
だから赦しには勇気も必要だ。
特別性は分離の恐怖から身を守る鎧でもある。
分離が幻想であったと知ることで、特別性は聖性の中に溶けて消える。





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