不調も順調のうち

Posted by michikosayura on   0 comments

きのうはエミー・ゼニーのワークショップの開発者でありファシリテーターの末吉さんを、ゆずり葉代表の清水さんがお氣もち食堂に案内してくださった。松下生活研究所の松下さんも一緒に。
今回の末吉さんの熊本でのミッションは、なんとなんと、グランメッセで今日開催されたあ○しのイベントの一部企画を担当とのこと。
つくづくすごい世界にいる人なんだなーと思う。
末吉さんは虎ノ門の街づくりも推進されていて、記念写真は虎ノ門のゆるきゃら「カモ虎課長」の決めポーズをみんなで。




きのう、お氣もち食堂をそろそろたたもうとしていた15時頃、若い男性のお客さんが入って来た。
誰も居なくなった店で、遅いお昼ご飯を食べたこのYさん、実は「今日は行き先を決めずに導いてもらおうと直感だけで運転して来た」と言われた。
もちろんうちの店には何の予備知識も無く、別に食事をするつもりも無かったのに、偶然通りがかった道すがらに見えた「お氣もち食堂」のポスターに惹かれて入店したという。
聞けば、熊本地震以降、不思議なことが立て続けにおこり(その中でわたしとの共通の知人とのちょっと衝撃的な出会いもあった)、大きな流れの中で「いけいけドンドン」な感じで動いていたらしい。
ところがこの数週間、とたんに流れが止まり、なぜか周囲との行き違いや閉塞感を感じるようになったという。
それで今日は「とにかく導いてください」とだけ念じて車に乗ったそう。
直観で入店した店の本棚に、Yさんの好きなOSHOの本があって驚いたと言っていた。
この突然の行き詰まり感と、その時期が、最近のわたしの感覚とピッタリだったので、わたしもすごく驚いた。
Yさんがスピリチュアリズムに興味を持つようになったきっかけは、数年前に見に行ったジャムバンドのライブの中で、突然にものすごいワンネスと至福感を感じたことからだったそうだ。
周りの観客の想念がすべて繋がって、頭の中になだれ込んで来たという。
わたしも自分の一番はじめの圧倒的なワンネスの体験(無限大銀河鉄道の夢)の話を、気づいたら自然にYさんに話していた。
Yさんのお母さんは私の周りにもファンが多かった某食堂のオーナーさんだった。
共通の知人も笑ってしまうくらいに芋ずる式にたくさん出て来た。
ここ最近、数年ぶりのスランプ(内面的な)に陥っていて、自分でも一体どうしたんだろう?と思っていたところに、同じような感覚の人が現れて、これもまたある意味順調な形なのかもしれないと思った。
それを裏付けるような愛知ソニアさんのこんなチャネリングメッセージがあった。
「6月24日 新月のエネルギー」
おととい「もうがんばらない。もう下りる」と思ったのはこういうエネルギーの変化があったからだと感じている。
今日、また気づいたこと。
「下りる」とは何から下りるのか。
それは正しさの主張からだと気づいた。
正しさとは正義のことではない。私「個人」の存在意義のようなもの。
奇跡講座でイエスは何度も問いかける。
「あなたは正しさと幸福と、どちらが好ましいと思うか」
エゴの存在意義(正しさ)を追求する限り、そこに意識の収縮、緊張、握りしめが起こる。
それは真の幸福と絶対に相いれないものなのだ。


今日はEFT練習会と奇跡講座シェアリングの会を開催した。
今日で3回モニターになってくださったKさんが効果をとても実感してくださってとても励まされた。
コースの会にも3人参加してくださって、たどたどしいコースの概念の説明を興味を持って聞いてくださった。


今朝の日曜日美術館は鹿児島の知的障害者施設のしょうぶ学園のアートプロジェクト「ヌイ・プロジェクト」の特集だった。
ヌイ・プロジェクト
一針一針、夢中で刺繍する人たち。
そこに、作品への意図や目標や、評価への意識は存在しない。
あるのは、ただ一瞬一瞬の積み重ね。
一瞬一瞬の「衝動」によって選ばれた糸、色、素材、動き。
人が衝動に従う時。そこには快感だけがある。
「根気でなく、快感で創作している」と施設長の福森さんも語っていた。
それが、常に意図に縛られているわたしたち「健常者」にはできないのだ。
なんと純度の高い芸術活動なのだろうと思った。
こんな風に創作できる彼らが心から羨ましくて涙が出た。



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