そういうことなら、おめでとう

Posted by michikosayura on   0 comments

ブログ連日更新モードの今日この頃です。
こんな時は内面がぐるぐる動いている時。
本日のお氣もち食堂もまた・・・お客さんサッパリだった。
はーあ、ガックシ(涙)
ひと月前までは赤字になることは無かったのに、ここに来てどうしてかなぁ。
島本さんと幾子さんも一緒に対策を考えてくださったけど、自分の中でモチベーションが上がるアイディアが浮かばず。
お店を閉めてからまた江津湖に気分転換に。
いつものベンチで木々に囲まれていると、自分の中の一番素直で自然な感情が出てくる。
わたしは、たった一言「もうがんばりたくない」と心からそう思っていた。
はい、もうこれ以上がんばりません。
終わり!(大の字)
という訳で、「がんばらない」が今後の方針になりました。
がんばらないなりに持続可能なラインでやっていこうと思います。
「下りながら続けていけばいいんだよー」とメッセージが来た。
「下りる」と心で思った時、自分が目の前の自然の中に無理なく調和して溶け込む感じがした。
自然はがんばらない。
雨の日には雨に打たれ、風の日には風に吹かれ、いつもそのままの姿で静かにただ在り続けている。

朝の瞑想の時、今日もまたザ・分離感をありありと感じた。
いったいここ最近のこの変化は何なのだろう?
わたしは何を苦しく思ってるのだろう。
すごくシンプルにその苦しさに向き合った時に、これは自我がその存在を脅かされる不安なんだと改めて思った。
頭では分かっていたのに、今日は自我が存在の危機を感じて怯えている、そう実感した。
そして思った。
そうであれば。この苦しさが自我がそれ自身の危機を感じていることから来るのであれば。
「それはおめでとうじゃーん!」と思ったのだ。
自我の危機?自我の死?
それってめっちゃウェルカムじゃん!
自我のわたしはまだまだあたふたするし、生き残ろうと身構えるでしょう。
でもその葛藤そのものが、自我が少しずつ小さくなっていく時に感じる抵抗感であると理解していれば、それはまったくおめでたい成長痛なんではなかろうか?

なんだなんだ。成長痛か。
わたしもまだまだ伸び盛りなんかなー。










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