心理学講座、個人セッション、振り返り

Posted by michikosayura on   0 comments

叔母の施設に孫ちゃんを連れて行った。
叔母の施設内には児童養護施設と保育園があるので、グラウンドとちょとした遊具があり、孫をそこで遊ばせた。
車いすの叔母と歩き回って目が離せない孫を一人で見るのは大変だったけど、子育て中ってこれの2,3倍の芸当をやってのけてたよねー。
今思うとどうやって切り抜けてたんだろう?と思う。
天気予報は外れて晴天で夏日になった。



Keeさんの連続心理学講座を受けて、一番の収穫だと感じているのは、そもそも癒しとは、癒されるとは、どういうことかが再認識できたこと。
思えばセルフワークでEFTをする時も、どこか自分の感情を「解放しよう」とか、「原因をつきとめよう」とか。とにかく「どうにかしよう」というスタンスで向き合っていたことに気づいた。
だからEFTをするのがなんだかしんどかったのだ。
それは当たり前のことで、ネガティブな感情は「わたしに気づいて。わたしに居場所を与えて。」と叫んでいるようなもので、それをさっさと解消する気満々で向き合っても、そこにはストレスしか生まれない。
もっと楽なやり方があった。それに気づいた。
ただ淡々と「そこにいたんだね」と気づいてあげること。
「そこにいていいよ」と居場所を与えること。
「一緒にいるよ」と寄り添うこと。
それだけで感情エネルギーは自分の存在を主張する必要がなくなるのでしゅーっと小さくなる。
これは小さな子どもや動物に寄り添うのと似ている。
「それで、どうしたの?」と聞くのはそれからでいいのだ。
そして答えは返って来ても返ってこなくてもいい。
前回も書いたけど、受容することが癒しだし、癒しとは受容に外ならない。
受容する。それは本当の意味で「見る」ということ。
本当に見ることができたとき、それは変化して消える。
なぜなら、本当に存在するのは空であり、愛であり、源である本質だけから。
そこに見えていたのは文字通り「投影」という幻だからだ。
見ると消える。
これはきっとすべての物事に通じる真理だと思う。
インテグレイテッド心理学講座は、本当に思った以上に奇跡のコースの教えに忠実で、嬉しかったのはテキストにこの一文が入っていたこと。
「癒しは、神と一体化する思いによって起こる。
なぜなら病(苦しみ)は、神と分離した思いから生じるから」
心理学という科学的アプローチに神という言葉はなんとなくNGのような気がしていたけど、わたしとしては、真の分離感の解消は、神という概念抜きには至れないのじゃないかと正直なところ思う。

Keeさんに受けた個人セッションでは、例の人前でアガルという悩みをテーマにした。
今回もまさかの着地点に行きついた。
それは、父の愛を失いたくないという思いから端を発していたのだ。
セルフワークでは決してここまで来れなかったと思う。

父はなぜか私のことを特別な子どもと思っていてくれた。
3歳の時に作った俳句が今もアルバムに張られている。
大人たちが「神童」というのを聞いて、その意味を尋ねたことも覚えている。
(めっちゃ自慢めいてるけど、これはその後私にとってはとてつもなく重い投影となっていったので、そのまま書きます)
一方で、父は影で人を馬鹿にするような発言をすることがあった。
「○○はちょっとバカだから」「○○は気が利かない」
父は機転が利いて感性が豊かな人間をとても評価する一方で、ある種の鈍さのある人間を卑下するようなところがあった。
もし自分が父から「気が利かない」と言われたら・・・
「特別」じゃなくて平凡な子どもだとがっかりされたら・・・
大袈裟でも何でも無く、それは自分という存在が消えてしまうようなものすごい恐怖だったのだ。
Keeさんのリードで、その恐怖心に人生ではじめて気づいた。
だから、私は決して失敗できない。特別でなければならない。完璧でなければならない。
それは生きていく上でとんでもない重圧になっていた。
Keeさんと一緒にそんな父親像を見つめていった。

父は男性にしては優しすぎるくらい優しく、とても繊細な感受性を持った人だった。
それは5人兄弟の長男、商売の跡継ぎとしては妨げになるほどだった。
父の姉(叔母)は生まれた時から知的、身体的に障害を持っており、そのことが尚父の責任感を強くしたことも想像できる。
私は物心ついた時から、この父のナイーブさを理解していて、それは自分の中にも受け継がれていると思っていた。
(私は父の一番の理解者というビリーフ)
そんなナイーブな父は、知性というプライドを鎧のように着て自分を支えていた。
それからお酒も、父が自分を保つために無くてはならないものだった。
本来なら社会的な責任から逃れて、自由に好きな俳句の創作に没頭するような人生を送りたかったのじゃないかと思う。
父はまるで本物の兄弟のように、無頼派で知られる短歌の歌人の石田比呂志さんといつも一緒に居て、お金に無頓着な石田さんのスポンサーのようなことまでしていた。
石田比呂志氏の生き様に、自分が果たせなかった人生の夢を重ねていたのだと思う。
父自身も完璧さという自己イメージから自由になりたがっていた。
失敗しても、ダメでも、みっともなくても、そのままでいいという安心感の中で、楽に生きたいとどれだけ願っていたかと思う。
その父の悲しみを感じて泣いた。
だから、もうこの連鎖を自分で断ち切ろうと思った。
私がどんな自分もそのままさらけ出して生きることが、そのまま父を癒す気がした。
ある意味、父と正反対の伴侶を選んだり(なんか失礼なこと言ってるかな?)、子供たちにも極力親の期待をかけずに育てようとしたのも、この重圧を味あわせたく無いからだろうと思う。
ここまで紐解かれたからと言って、アガリ症が治るわけでは無いかもしれないけど、今の自分に大事なのは、アガッて失敗しても、みっともなくても、そんな自分を丸ごと愛することなんだと思う。
セッションの最後にはどんな自分も誇らしいという感情がみぞおちからふつふつと湧いて来た。






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