知覚の変化?

Posted by michikosayura on   0 comments

今週末のお氣もち食堂のお客さんの入りがサッパリだったので落ち込んだ。
地域の人に来てもらうにはどうしたらいいのかなー
チラシは600枚ほどポスティングしたけどなかなかリピーターさんが根付かない。
寄付制というのがかえって敬遠されているのかもしれないし、単に店構えが入りにくいのかも。

今日はよか隊ネットの「つながるCafe」構想についての会議に出席。
みなし仮設の方々のコミュニティスペースとして、県内各地に開設される予定だ。
数か月前にさゆらにもこのお話しをいただいて、二つ返事で引き受けた。
つながるCafeを起爆剤にお氣もち食堂が盛り上がるといいな。
さゆらの常連さんの智子さん、紀代子さんが大プッシュしていた子供食堂の「縁側サロン竹ちゃんち」の竹下さんにもご挨拶できてよかった。

最近、ちょっと静かな時間を持つと知覚に変化が起こることがたびたびある。
小さい頃に、突然に遠近や大小の感覚が狂ってしまうちょっと怖い現象をたまに経験していたけど(アリス症候群)、それに似た感じで現実感が無くなる。
自我のアンカーが弱くなってるのかな?
今日は施設の叔母の食事に付き添っていた時に、急に亡くなった祖母の視点が自分の中に入り込んで来た感覚があった。
わたしの目を通して祖母が見てる感じ。
そして、改めて感じた。
祖母は本当に無償の愛の人だった。
わたしの目を通して叔母をみている祖母の愛を感じて思わず涙ぐんだ。
どうかこの無償の愛の感覚をいつもわたしに思い出させて欲しい、と祖母に願わずにいられなかった。
心はつながっている。
奇跡講座ではとてもシンプルに、はっきりとそう明言されている。
比喩でも何でもない。本当に心はつながっているのだ。
そして心は命。だから不滅だ。

友紀さんからいわゆる非二元本を一気に3冊お借りして、はしご読みした。
みんな「目覚めた」人と言われている人たちだけど、個性っていくら悟っても絶対に消えないのだ。そこがおもしろい(笑)
アジャシャンティは懇切丁寧な目覚めのガイドブックだった。
アジャシャンティ、めっちゃ真面目で親切な人だー(笑)
読んでいて「あー、それそれ。そこはこうしたらよかったんだ」みたいな過去の経験の振り返りができて良かった。
反対にジョーイ・ロットはアグレッシブでどこかジャンクな覚醒者。
書いていることは正にその通りだと思ったけど、他の非二元の先生の批判が多いのが引っ掛かった。
文章から伝わる波動があまり精妙なものでは無いような気がする。
わたしにはジョーイ・ロットが「これ」と言っていることと、彼が批判しているエックハルト・トールが「今ここ」とかプレゼンスとか言っていることは同じように思える。(証明はできないけど)
「これ」やプレゼンス、の次元は決して、決して、言葉にはできない。
誰も「これ」を正確に表現することはできない。
そんなことは実際に「これ」を知った人には百も承知のことだと思う。
だから、他の覚醒者の表現をあれこれこだわって分析したり批判するのはすごくナンセンスだと思う。
お互いの道行きを尊重しあおうよー。と思う。
こうして言葉を話し、それを誰かに伝えたい欲求があるうちは、どう転んでもみんな同じ人間なのだから。
それに「本当に自分が知った『これ』がその全てであるのか」と疑う視点は常に持つべきではないかとも思う。
もし本当にすべてを知った時には、もうその人は存在すらできない。
奇跡講座にはそのことも書かれている。
わたしがこの手の本を読む時に指針としているのは、正しいか正しくないかではなくて、そこに愛を感じるかどうかということ。
それは単に愛を感じるものが好きだからだし、そうでないものには興味が持てないのです。

ホームページに6月のお知らせをアップしました。
レイキ練習会の時間が大幅に変更になってます。
それからEFTの自主練習会と奇跡講座シェアリングの会は毎月開催としました。
よろしくお願いします。
http://michiko825virgo.wixsite.com/sayura/blank-2



















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