風に揺れる葉と同じ

Posted by michikosayura on   0 comments

今年のGWは神だった。
いいお天気続きで、気温もちょうど良すぎるくらいちょうど良くて。
そんなGWの間は仕事かせいぜい近所の公園を散歩したりDVDを見たりするくらいで、どこにも出かけなかった。
連休が終わって世間が日常に戻った今日、やっと阿蘇に出かけて温泉に入って来た。
昔からその傾向はあったけど、最近は特に、頭の中が思考でガチャガチャしてても、自然の中に居ると自分が小さくなる。
とは言え無我の境地とかじゃ全然なくて、思考は相変わらずぽかりぽかりと浮かんでくるけど、それは目の前の木々の葉が時々風に揺れるのと何ら変わらない、そんな気がしてくる。
そして、それはきっと完全に正しい。
思考も、感情も、目の前の木も、遠くの山も、風も、風の音も、光も、車も、道行く人も、そこには何の差異も無い。
ただあるだけ。ただ現れているだけ。
だからね。そのままでいいよ。どんな感情も、どんな思考も。
風にそよがせてやったらいい。

EFTの練習をさせてください。とアップしたら・・・ちょっとびっくりするくらいに引っ切り無しにご連絡いただいています。
しばらくは「練習」で忙しくなりそう。
ほんっっっと! まだ下手くそですから(笑)
「なんだEFTってこんなもん?」とか「は??」で終わる可能性大ですから。
でもそれはただ自分が下手なだけで、EFT自体は本当に素晴らしいメソッドです。ということはちゃんと念を押さないといけないな(笑)
今朝は「一人でがんばってしまう」パターンにEFTした。
一人でがんばってしまう、というのは正しくない。
一人でやりとげなきゃ嫌なのだ。
そこには不思議な意地があることはずっと感じていた。
その意地が自分でも嫌で「なんか我が強くて根性悪いなー、自分」って感じていた。
でもEFTしたら「頼ることをあきらめた」自分が出て来た。
(ええ、やっぱり「母に」なんですがね。またもや。)
本当は、助けて欲しかったのだ。
助けて、と何度も求めたことがあったのだ。
わたしは決してはじめっから意地っ張りなんかじゃなかった。
ヘルプを要請したのに、受け入れられなかった。
自分の大変さを理解してもらえなかった。
そんな経験をいくつかするうちに、「くっそ!一人で大丈夫な自分になってやる!」という意地が出て来た。
決して甘えるものか、と。
EFTする内に「助けて」って言ってる自分を感じて泣けた。
最後は自然に「がんばったね。もう一人でやろうとしなくていいよ」と言葉をかけながらタッピングしていた。
こういうストロークを入れるのはあゆかさん方式の講習会では教わらなかったけど、わたしはやっぱり最後にはストローク(慰め、元気づけ、勇気づけ、認めること)が自分に欲しいので、自分にEFTする時は自然にこの形で終わる。
でも、これはクライアントにやってもいいのかなー?と思って、心理学講座の講師のきぃさんにメッセージで質問したら、「とてもいいと思います」とのお返事だった。
ただし、SUDSレベル(負の感情の大きさ)の数値が3~0くらいになってから、ということだった。
ブレンダさん方式はこのストロークを積極的に入れていく。
でもこの入れるタイミングが結構むずかしくて、相手が感情を出し切る前に入れてしまうと不完全燃焼になってしまう。
(ということは受けていて実感した)
EFTしていると、いつも最後には自然と自分をハグしたくなる。
ただ認めて抱きしめて欲しかっただけ、そんなものすごくシンプルな感情に行きつく。
このへんの感じもセッションの中で大事にできるようになるといいなと思っている。

きのうは妹の畑で一日鍬をふるっていたら、夜中に目が覚めるくらいに腕が痛くなってしまった。
かるく腱鞘炎ぽくなってしまったらしく、夜中にゴソゴソと湿布を探したけど見当たらず。
仕方なくレイキしながら寝たら、目が覚めたらすっかり治っていた。
やっぱりレイキは効くなー。
妹の畑の横に野イチゴがいっぱい。
自然な甘さがすごく美味しい。










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