そのままの私は困った私?

Posted by michikosayura on   0 comments

土曜日はあつ子さんのコーディネートで佐賀県の夫婦ユニットHISAK♡Nのお二人とご家族がさゆらに来てくださって、急きょミニファミリーコンサートの開催となった。
息子さんのたすく君は熊大の一年生、タップダンスをかっこよく披露してくれた。
ひささん、恭子さんのお二人は息の合ったハーモニーで癒しの歌声を聴かせてくれました。








きのうは娘夫婦がサカナクションのライブに福岡に出かけたので、一日中孫をお預かり。
家でずっと孫と二人で過ごすのも退屈しそうだったので、思い切って龍ヶ岳の祖父の家に連れて行った。
98歳になる祖父(孫のひいひいじいちゃん)はもうずいぶん耳も遠くなって、好きだった絵も描けなくなって、最近は笑顔が出ることもあまり無いようだったけど、孫と遊んでいる間はめったに見れないようなはしゃぎ様で、思い切って連れて行って良かったと思った。
行きは母親が同乗したので運転も心配なかったけど、母が祖父の家に泊まることになっていたので帰路は私と孫の二人だけのロングドライブ。
眠かったようで車を走らせて10分間ほどギャン泣きだったけど、その後はすっと寝てくれて深夜0時に無事に熊本駅の新幹線乗り場で娘夫婦に引き渡すことができた。






ここ最近、まったく何の悪気も無しに言った言葉が友達を傷付けたり、怒らせたりということが重なった。
しかも相手から言われるまで、そのことに気づきもしない始末。
自分としては心から仲良くしたいと思っている友達だし、傷つけようなんて本当にこれっぽちも思ってなかったので、自分が迂闊だったことにショックを受けた。
子供のころから思ったことをそのまま言って、大人にたしなめられたり、友達を怒らせたりすることがよくあった。
それで、こういうコミュニケーションの問題には気を使うようになったし、それなりに学習して来たので、ある程度大人になってからはこういうトラブルも随分少なくなっていた。
ところが、ここ最近、自分を縛っていた枠が取れてしまった感じで、また昔の自分が戻って来たように感じる。
そのまんまが出ちゃってちょっと困ったなーという感じである。
単におばさん化して図々しく鈍感になってるだけ、というのも充分考えられる。
でも一方で、もう枠にはめないでそのまんまの自分を赦しなさいと言われている気もする。
でも相手を傷つけたことには変わりないので、そのことに関しては心から謝った。
フェイスブックに投稿したら「それは相手の問題だよ」と言ってくれる人が何人か居て、わたしもその見解は分かっているつもりだけど、やっぱり自分の言葉の選び方や言うタイミングに問題があったと素直に反省している。
誤解されて当然の言い方をしてしまっているのだ。
それとはまた別の話。
「好き嫌い」はちゃんと伝えようと改めて思った。
仲良しの友達が好きなものを勧めてくれた時、それを自分は好きだと思えなかった時、咄嗟にそんな自分に罪悪感を感じて、正直に伝えられてなくて無理にそれを受け入れようとするパターンがある。
無理に受け入れた結果・・・当たり前だけど心にストレスが生じて、それを勧めてくれた人とも気持ちよく一緒に居れなくなってしまう。
これは最も「愛じゃない」道だ。
そう思ったから、正直に伝えた。
それはジャッジではなく、文句が言いたい訳でもなく、単なる嗜好の問題なの、と伝えたら相手の方も真っすぐに受け止めてくれて、わたしの嗜好を尊重してくれた。
はー、その瞬間心がすっきり晴れた!
好き嫌いは拒絶や批判ではないのに、自分の中でそこがごっちゃになってたんだなーと思った。






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