ミス・ペレグリン

Posted by michikosayura on   0 comments

今日は映画「沈黙」を見に行く予定にしていた。
朝から上映時間をチェックしたら、上映終わってましたー(涙)
確か先週までやってたんじゃないかな。
代わりにティム・バートンの「ミス・ペレグリンと奇妙な子供たち」を見て来た。
ティム・バートンはやっぱり裏切らないなー。
この人の作品にはいつも異形の者やマイノリティへの深い共感と愛情を感じる。
「あー、わたし存在してていいんだ」という気持ちになる。
「自分は人と違ってる」と小さくなってる子供たちに見て欲しいな。
沈没船がまるで巨大なクジラのように海の上に浮き上がるシーンで落涙。

最近購入した奇跡講座の漫画の解説本「この宇宙は夢なんだ」には奇跡講座の用語がシンボルで描かれている。
例えば「聖霊」「自我(エゴ)」「赦し」はこんな感じ。

このシンボルを見て、ちょうどきのう、前に日記にも書いたことがある私が描くエゴのイメージのことを思い出していた。
わたしの中ではエゴのビジュアルはフランシス・ベーコンのこの絵なのです。

目が無くて、いつも恐れに満ちていて攻撃性をむき出しにしているこの生き物。
そしたら、今日のミス・ペレグリンの映画にこれそっくりのモンスターが出てきた。
ベーコンの絵より数倍怖いけど。
なんだか偶然じゃ無い気がした。

きのう書き忘れたことが。
叔父に「路子の頭の上にも輪がある」と言われて、30年近く前に叔父から言われた言葉を思い出した。
30年前、19歳の時。
わたしは人生最悪の精神状態で、目が覚めている間中ネガティブな感情に振り回されて「生き地獄ってこのことだー」と思う毎日だった。
そんなある日、昼寝をしたら悪夢を見た。
書きたくもないけど、憎悪にかられて人を殺す夢だった。
ショックで「ハッ!」と目が覚めたら家の電話が鳴った。
叔父からだった。
そして叔父は「今日はおじさんのとこに来い」と唐突に切り出した。
私は夕方からバイトを入れていたので「今日は行けない」と言ったら、まるでわたしの夢を一緒に見ていたかのように「人間が変わるチャンスはそう何度も無い。バイトは休んでおじさんのとこに来い」と言うのだ。
叔父のただならぬ気迫に負けて私はバイトをキャンセルし、父に送ってもらって、菊池の山奥の叔父が自ら建てたログハウスに泊まることにした。
叔父の家についてから「お茶を淹れてくれるかい?」と言われてお茶を淹れた。
その頃私は家で緑茶を淹れて飲む習慣がなかったので、茶葉の量や淹れ方など「これでいいかなー?」気を使って淹れたのだ。
お茶を一口すすると叔父が「美味しいね。一生懸命淹れただろう?」と言った。
やっぱり伝わるもんなんだなーと驚いたのを覚えている。
そして、わたしの頭の上あたりをじーっと見て
「路子の頭の上に鬼がいっぱい走り回ってる」と言ったのだ。
そして何やら数匹の蠅がわたしにたかって来た。
蠅は決して叔父にはたからずに、私にばかりまとわりついて来た。
「僕には蠅が来ないだろう?」と叔父が苦笑した。
わたしはこの時ほど自分が醜く汚れていると感じたことは無かった。
消えたいほど恥ずかしかった。
ちなみこの叔父の家での滞在を機に、叔父の助言に従って、わたしはしばらく日本を離れることにしたのだ。
帰国して間も無く、偶然に街でばったり会った叔母(叔父の奥さん)に「路子ちゃん、見違えたよ!」と言われたのは本当に嬉しかった。
あれから30年、鬼が走り回っていた私の頭に、今では天使の輪?が見えるようになったのかー(嬉し泣き)
はー、人生いろいろ感慨深い。

スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する