一人じゃないってしみじみいい

Posted by michikosayura on   0 comments

今日はお氣もち食堂初日。
人生で初めて、時給を出して仕事を手伝っていただいた。
きのう、今日と島本さんに仕込みと開店準備を手伝ってもらった。
あー、なんて気が楽なんだろう!
一人じゃないっていい!(笑)
やっぱりこのお氣もち食堂は一人ではムリだ。完全にキャパオーバー。
もう苦行的な仕事のし方はしたくないので、自分にも楽をさせてやろうと思った。
お手伝いを志願してくださった島本さんに感謝です。
ありがたいことに島本さんは報酬は要らないとおっしゃってくださったのだけど、わたしがどうしてもちゃんと時給を出したかったのです。
今週は残念ながらお客さんが少なく、土曜日一日だけということもあり完全に赤字。
まあこれは想定内のこと。
数日前に店の裏の団地、100世帯にビラをポスティングしたので、ひょっとしたら家族連れとか来るかも?と思ってかなり多めに料理した。
結果、ビラを見て来てくださったのはおばちゃんお一人だけ。
そんなもんなんだよねー
お店を始めた当初もマッサージ半額のクーポンをかなりの数ポスティングしたけど、確か誰一人としてクーポンを持ってきた人は居なかった。
結局、こういうことは時間をかけて地道に顧客を作っていくしかないのだ。
手を抜かず、来てくださった、たった一人のお客さまに喜んでもらえるよう努力して行こう。



おとといお氣もち食堂の食材の買い出しをした時のこと、今までに感じたことの無い気持ちになった。
食材の買い出しは実はヘトヘトになるくらい大変だ。
4店舗くらい周って、商品ごとに一番良いものを安く売っている店で買うようにしている。
荷物も相当な量になるし金額も然り。
買い出しの労力と、加えて仕込みにかかる労力を考えたら、全くもって採算が合わない。
でも、それを「損」だとは全く思わなくなった自分に気がついた。
自分が儲けて、一人だけ得することより、自分が動くことで何人もの人が喜んでくれるなら、そっちの方がずっと嬉しい。
喜びは1より、5や10になった方がいい。
とは言え、実際に赤字が続いたら実質的に続けて行けなくなってしまうけど、その辺りは神様にお任せしてます。
自分はできるだけのことを心を込めてやるしかない。

先日「この世界の片隅に」を見に行った。
もう座席が揺れるほどに嗚咽が止まらず、ぶっちゃけ恥ずかしかった(笑)
後部座席の人、「このおばはんアホみたいに泣いてるなー」と呆れていたかもしれない。
偶然にもついこの間30年以上ぶりに広島を訪れたばかり。
主人公のすずさんが暮らす呉の海辺の街も車窓から眺めながら通過した。
自分も21歳で嫁入りして、舅、姑、小姑と一緒に商売していたので、すずさんを見てその頃の気持ちを思い出していた。
女ってすごよね。
当然のように生まれ持った名前を捨てて、夫以外はよく知らない人たちと、ある日突然に家族として生活を始めるのだから。
今思うと、あれは若いからやれたことだなーと思う。
俳人の叔母がよく「結婚なんて若くてワケのわかんないうちにしなきゃ、とてもできたもんじゃ無いわよ」と言うけど、本当にそう思う(笑)
まだ子どものように初々しいすずさんが、嫁という慣れない立場に置かれながら戦争時代を懸命に生き抜く。
過酷な状況にありながら、すずさんも周りの人達も、ただ淡々と日々の暮らしを紡いでいく。
悲嘆に暮れるでもなく、何かに怒るでもなく反抗するでもなく。
人は本当に大変な状況におかれた時に、こういう反応をするものだと思う。
去年地震に合った時に自分も似たような状態を経験した。
でも、場合によってはこの順応能力が、戦争の狂気を見えなくしてしまうとも思う。
狂気を感じていたら、自分が狂ってしまうからだ。
だから人は防衛本能として狂気を狂気と認識しなくなる。
今日、お客さんが帰ってお店でコーヒーを飲んでたら、整体師のぶんちゃんが「この世界の片隅に」の漫画をわざわざ持ってきてくれた。
今夜読んでみよう。
原作者のこうの史代さんって私と年が変わらない人だったんだね。



映画の中ではコトリンゴが歌っている「悲しくてやりきれない」。
わたしはこの矢野顕子バージョンが好き。
大学の時、浪人中の友達の家で、二人で縁側で青空を眺めながらこの歌を聴いてしんみりしていたのを思い出す。
文字通り、悲しくてやりきれない時にこれほどしっくり来る歌は無いよね。










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